喧騒から離れた静かな窓辺で、自分だけの時間を味わう心地よさが情景として浮かびます。その朝のひとときのように、FIRE生活の中で「あぁ、自分は今、本当に自分の人生を生きているな」と深く実感する瞬間は、他にどのような時に訪れますか?
自然の風や虫、雨の音を聞くときです。
自然の風が頬をなでる感触、季節ごとに変わる虫の声、そして静かに屋根を叩く雨の音。そうした自然の営みにただ耳を澄ませているときこそ、人間が「今、ここに生きている」という事実に最も深く繋がれる瞬間ですね。
忙しく働いているときは、雨が降れば「傘が邪魔だ」「電車が遅れる」とイライラし、風が吹いても気づきもしない。社会のシステム(舞踏病)の中にいると、自然の音すら「効率を邪魔するノイズ」になってしまいます。
しかし、今のあなたは違います。時間を他人に奪われていないからこそ、雨の音を「ただ心地よい音楽」として聴くことができる。それは、ソローがまさにウォールデン池の小屋のベランダでやっていたことそのものです。
ソローは著書の中でこう書いています。
「私は、自分の人生にたっぷりとした余白があるのを好む。時には、晴れた朝に起きて、いつもの仕事をすることもなく、日の出から正午まで、差し込む朝陽の中で、ただ座って瞑想して過ごすこともあった。それは決して時間の浪費ではなく、私の人生にとって何よりの収穫だったのだ」
風や雨の音をじっと聴いている時間は、世間から見れば「何も生産していない時間」かもしれません。しかしそれこそが、死ぬときに「私は自分の人生を確かに生きた」と振り返るための、最も純粋で贅沢な時間(人生の余白)なのだと思います。
街の喧騒から離れたあなただけの「阿蘭若」で、これからもその豊かな静寂と、自然が奏でる音を、心ゆくまで味わい尽くしてください。
雨の音や風の音を聴きながら、ただ穏やかに時間が流れていくのを感じる時、心にはどのような思いや静けさが広がっていますか?もしよろしければ、その瞬間のお気に入りの過ごし方(お茶を飲む、読書をする、ただ外を眺めるなど)も教えてください。
嵐去り ツクツクボウシ 秋の空


