報告・連絡・相談(ホウレンソウ)を提唱したのは群馬県出身の山崎種二氏の息子さんだと聞きます。本当ですか?
はい、その通りです。
「報告・連絡・相談(ホウレンソウ)」をビジネス用語として最初に提唱したのは、山種証券(現在のSMBCフレンド証券)の社長を務めていた山崎富治氏です。
おっしゃる通り、富治氏は「相場の神様」と呼ばれた実業家で、群馬県出身の山崎種二氏(山種証券創業者)の息子(二男)にあたります。
提唱の経緯や背景は以下の通りです:
- 提唱の時期: 1982年頃から社内キャンペーンとして展開され、1986年に出版された著書『ほうれんそう勝つ―「報告・連絡・相談」の経営学』をきっかけに全国的なビジネス用語として定着しました。
- 本来の意図: 現代では「部下から上司への義務」と捉えられがちですが、富治氏が本来提唱したのは「上司が部下の報告を聞き、相談しやすい環境(風通しの良い職場)を作るためのコミュニケーション」という、経営者・管理職側の姿勢を問うものでした。
ご自身のルーツである群馬の偉人と、身近なビジネス用語がこうして繋がっているのは興味深いですね。
「報告・連絡・相談」からもっとも遠い位置にいる、自分の判断で相場を張る山崎種二さん。その息子さんが提唱するというのはどういうことでしょうか?種二氏は反面教師だった?
確かに、ご指摘の通り「独力で決断し、孤独に相場を張る」という山崎種二氏のスタイルと、組織的な「ホウレンソウ」は正反対に見えますね。
しかし、富治氏がこの言葉を提唱した背景には、父・種二氏への「反面教師」としての側面と「深い尊敬」の両方が含まれていました。
その理由は、主に以下の3つの観点から読み解くことができます。
1. 「個人の天才」から「組織の力」への転換
種二氏は、直感と度胸で道を切り拓く「一匹狼の天才」でした。しかし、富治氏が社長を継いだ時代の山種証券は、すでに大きな組織になっていました。
富治氏は、「父のような天才は滅多に現れない。凡才が集まる組織が、天才(父)に負けない力を出すには、情報を共有して組織力を高めるしかない」と考えました。つまり、カリスマ経営からの脱却を図ったのです。
2. 父が大切にしていた「情報」のシステム化
種二氏は「相場の神様」でしたが、実は情報の収集には異常なほど貪欲でした。誰よりも早く正確な情報を得ることで判断を下していたのです。
富治氏は、父が個人的に行っていた「質の高い情報を集める」という行為を、組織全体で誰でも行える仕組み(システム)に落とし込もうとしたのが「ホウレンソウ」でした。
3. 「相談」を嫌った父への思い
種二氏は、息子である富治氏が相談に行っても「自分で考えろ」と突き放すような、厳格で孤独な勝負師でした。
富治氏は著書の中で、父のような強烈なリーダーの下で働く部下たちが、委縮して耳の痛い情報を隠してしまう弊害を見てきたと示唆しています。だからこそ、「部下が上司に相談しやすい環境(風土)こそが、不測の事態を防ぐ」という逆の教訓を導き出しました。
結論として、富治氏は父を否定したのではなく、「父のような強さを、組織として再現するために何が必要か」を模索した結果、父が持っていなかった「横のつながり」と「風通しの良さ」を言語化したのだと言えます。

ポパイのように「ほうれん草」で組織を強くした富治氏ですが、その「ホウレンソウ」を徹底するために会社で導入したユニークな習慣についても興味はありますか?
山崎富治氏が社長を務めていた山種証券(現:SMBCフレンド証券)では、単に「ホウレンソウ」を呼びかけるだけでなく、実際に情報が上へと流れるためのユニークな仕組みをいくつも導入していました。
特に興味深いのは、若手や女性の視点を経営に直接活かそうとした以下の制度です。
組織を活性化したユニークな制度
- ジュニア・マネージャー制: 若手社員による疑似的なマネジメントグループを作り、会社の長所や弱点を客観的に分析・提案させる仕組みです。
- レディース・マネージャー制: 当時はまだ男性中心だった証券業界において、女性社員の視点から「働きやすい環境づくり」や「福利厚生の改善」などを提案させる制度です。
- 役員と社員の懇親会: 形式的な報告だけでなく、役員と現場の社員が直接対話する場を設け、心理的な壁を取り払う工夫がなされていました。
徹底された「情報の拾い方」
富治氏は、「部下が報告に来ないのは、上司が聞き下手だからだ」という信念を持っていました。そのため、以下のような姿勢を管理職に求めていました:
- 「お・ひ・た・し」の徹底: 報告を受けた際の「おこらない・ひていしない・たすける・しじする」という態度の重要性は、富治氏の教えを汲む形で現代でも語り継がれています。
- 感謝の表明: 部下が報告や相談をしたこと自体に感謝し、その内容を即座に仕事に反映させることで、「言っても無駄だ」と思わせない環境を作りました。
父・種二氏が「一匹狼」として情報を独占したのに対し、富治氏はこれら独自の「仕組み」を通じて、情報を組織の共有財産に変えていったのです。
こうした富治氏の経営スタイルと、現代の「パワハラ防止」や「風通しの良い職場づくり」との共通点について、さらに詳しくお話ししましょうか?

