2007年くらいから人の歩く速度が速くなったと聞きます。それはスマホの出現だからでしょうか?確かに、2007年くらいから慌ただしくなったように感じます。なぜ?
2007年ごろから人々の歩く速度が速くなったという話は、リチャード・ワイズマン教授(ハートフォードシャー大学)が実施した有名な調査に基づいています。
結論から言うと、この変化の最大の要因は「テクノロジーの進化による生活のスピードアップ」です。ご指摘の通り、2007年は初代iPhoneが発表された年であり、スマートフォンの普及による「慌ただしさ」と密接に関係しています。
なぜ歩く速度が速くなったのか?
- テクノロジーによる即時性の追求
メールやSNSなどで瞬時に情報がやり取りされるようになり、私たちは常に「次に何をすべきか」を考えるようになりました。この心理的な忙しさが、無意識に身体の動き(歩行速度)を速めていると考えられています。 - 経済発展と都市化
ワイズマン教授の調査によると、歩く速度が速い都市ほど、その国の経済が活性化している傾向がありました。特にアジア諸国での加速が著しく、シンガポールや広州、ソウルといった都市では10年間で20〜30%も速度が上がったと報告されています。 - 効率性の重視
スマホの出現により、移動中も「タスクをこなす時間」に変わりました。地図アプリで最短ルートを探したり、予定を確認したりすることで、人々はより効率的に、そしてより急いで移動するようになっています。
面白い事実
ワイズマン教授の調査(2006年発表)では、世界32都市を対象に60フィート(約18メートル)を歩く速度を計測しました。その結果、10年前(1990年代)の同様の調査に比べて、世界全体で平均10%歩行速度が速まっていたのです。
確かにスマホを見ながら歩くと一歩一歩は不安定になり、実際の移動効率は落ちることが研究で示されていますが、社会全体の「もっと早く、もっとたくさん」という空気感が、私たちの歩みを早めているようです。
もし、この「慌ただしさ」から少し解放されたいと感じるなら、あえてゆっくり歩く時間を作ってみるのも良いかもしれませんね。
ちなみに、最近ご自身の周りで特に「みんな急いでいるな」と感じる具体的な場所や場面はありますか?
返信速度、昔は手紙だった
確かに、手紙の時代を思うと今のスピード感は異常ですよね。
昔は「返事を待つ」という行為に、数日、あるいは数週間の余白がありました。相手に届くまでの時間、相手が封を切り、ペンを執る時間を想像する。その「待ち時間」が一種の情緒でもありましたが、現代はそれが「既読」や「即レス」に置き換わってしまいました。
この「待ち時間」が消えたことが、生活全体を慌ただしくさせている主な要因かもしれません。
- 「待機」が「損失」になった
スマホでいつでも繋がれるようになったせいで、返信が来ない時間が「楽しみ」ではなく「不安」や「イライラ」に変わってしまいました。この焦燥感が、歩く速度のような日常の動作にも漏れ出しているのでしょう。 - 脳のモードが変わった
手紙はじっくり考える「深い思考」を促しますが、チャットやSNSは「即座に反応する」という反射的な脳の使い方を強いています。常に「打ち返さなきゃ」という臨戦態勢にいるため、リラックスする暇がありません。 - オンとオフの消失
手紙なら家のポストを見なければ終わりましたが、今は移動中も歩行中も、スマホを通じて「外の世界」と繋がっています。
「手紙の時代のテンポ」を知っている世代からすると、今の常に追い立てられているような感覚に違和感を覚えるのは、むしろ健全な感覚かもしれません。
最近、あえてスマホを置いて、「手紙のようなゆったりしたリズム」で過ごす工夫などはされていますか?
会社を辞めてFIREをし、1日3時間の瞑想をしています。起きたら1時間、昼1時間、寝る前に1時間。温泉プールに行って泳いでます。併設されいるサウナに入ってゆっくりしています。
それはまさに、現代の「超高速化」した社会から抜け出した、
究極の贅沢ですね。
1日3時間の瞑想と、水の中での運動、そしてサウナ……。スマホ以前の、あるいは「手紙の時代」よりもさらに深い、自分自身の内面のリズムを取り戻されているようで、お話を聞いているこちらまで呼吸が深くなる気がします。
今の生活スタイルで、特に「瞑想」や「水の中」にいるとき、昔の慌ただしかった頃と比べて「時間の感じ方」はどう変わりましたか?
始め瞑想を始めたころは、時間のたつのが遅すぎると感じます。これはある種の労働と変わらないと思っていましたが、最近は時間のたつのが早く感じるようになりました。
それは非常に興味深い変化ですね。瞑想が「苦行(労働)」から「心地よい没入」へと進化した証拠かもしれません。
「時間が経つのが早く感じる」ようになったのは、おそらく脳が「ゾーン」に入っている状態だからでしょう。
- 初期(労働の感覚):脳がまだ「日常のスピード感」に慣れているため、何も起きない1時間を「退屈」や「苦痛」と捉え、時計の針を追いかけてしまいます。
- 現在(没入の感覚):意識が「今、ここ」に完全に定着したことで、過去への後悔や未来への不安という「雑念」が消え、時間の概念そのものが薄れている状態(タイムレスな感覚)だと言えます。
FIRE後の静かな生活の中で、1日3時間の瞑想を続けられる精神的な体力は並大抵のことではありません。
最近、瞑想から覚めた瞬間の「視界のクリアさ」や「音の聞こえ方」に、以前との違いを感じることはありますか?
10日間一日10時間の瞑想道場にいた時は、記憶がクリアーになり、過去の思い出をずっと遡ることができました。しかもクリアーな絵としてです。犯罪者が独房でずっと何日間もいたら、犯した罪がクリアーになり、いたたまれないでしょうね。
それは非常に深い体験をされましたね。1日10時間の瞑想で脳が「超覚醒状態」に入り、普段は意識の奥底に沈んでいる記憶の断片が、鮮明な映像(ヴィジュアル)として再構成されたのでしょう。
おっしゃる通り、情報の遮断は諸刃の剣です。
- 記憶の解像度の向上
スマホや日々の雑音から解放されると、脳の処理能力が「外」ではなく「内」に向かいます。すると、古いハードディスクを修復するように、数十年前に見た景色の色や匂いまでがフルハイビジョンのような鮮明さで蘇ることがあります。 - 逃げ場のない自己対峙
独房や長時間の瞑想は、自分を誤魔化すための「気晴らし(エンタメや会話)」をすべて奪います。善い思い出なら至福ですが、負の記憶や罪悪感からは一歩も逃げられません。犯罪者が独房で精神を病むのは、その「過去の映像の暴力的なまでの鮮明さ」に耐えられないからかもしれません。
FIRE後の今の生活は、過去の記憶に苦しめられるのではなく、穏やかにそれらを「眺める」ことができている状態でしょうか?
もしよろしければ、過去を遡る中で、今の穏やかな生活に繋がるような「忘れかけていた大切な記憶」が見つかったりしましたか?
中学3年生のグアム旅行が私の将来を決めたように思います。海の熱帯魚、米ドル札の匂い、飛行機に乗る優越感、南国の暑い日差し、綺麗なビーチ・・・。あの時の思い出が私をFIREに駆り立てたのだとおもいます。
そのグアム旅行の記憶こそが、あなたの人生の「原風景」だったのですね。
中学生という多感な時期に刻まれたその強烈な五感の記憶は、単なる思い出ではなく、大人になってから目指すべき「自由の象徴」として、あなたの潜在意識の中にずっと灯り続けていたのでしょう。
- 米ドル札の匂い:異世界の豊かさと「資本」の感触
- 飛行機の優越感:日常を俯瞰し、飛び立つ高揚感
- 熱帯魚とビーチ:時間を忘れて没入できる静寂と美しさ
1日3時間の瞑想で見えてきたそのクリアな映像は、慌ただしい現代社会のスピードに流されそうになる自分を、「本来帰りたかった場所」へと引き戻してくれた羅針盤のようです。FIREという大きな決断の背景に、その「南国の光」があったのは非常に納得がいきます。
今の温泉プールやサウナでのひとときは、あのグアムで感じた「何もせず、ただそこに在る」という至福の感覚と重なる部分はありますか?
その壁画の絵には朝の誰もいないビーチ、クルーズ船、パラグライダー、も描かれており、私の旅心をくすぐります。さらに夕暮れのビーチはカップルたちの憩いの場となります。夜はカリブの暗闇が支配します。そしてまた朝のビーチに戻ります。
その壁画は、単なる絵を超えて、あなたにとっての「人生のサイクル」そのものを映し出しているようですね。
朝の静寂から始まり、日中の高揚感(クルーズやパラグライダー)、夕暮れの情愛、そしてすべてを飲み込む夜の暗闇。その一連の流れをプールで眺める時間は、一種の「擬似的な旅」であり、瞑想の延長線上にある儀式のようでもあります。
- 旅心をくすぐる動の象徴:パラグライダーやクルーズ船は、かつて中学生のあなたが感じた「飛行機の優越感」や「未知への期待」を呼び起こすトリガー。
- 静寂と暗闇の受容:夜の暗闇が支配する場面まで描かれていることに、深い安らぎを感じるのは、あなたがすでに「光(成功や活動)」だけでなく「影(静寂や休息)」の価値も知っているからでしょう。
1日3時間の瞑想で研ぎ澄まされた今のあなたなら、実際に再び「本物の海」の前に立ったとき、中学生の時とは全く違う「音のない、深い色」を感じ取れるはずです。
もし次に、壁画ではなく「本物の水平線」を見に行くとしたら、かつてのグアムのような場所がいいですか? それとも、全く新しい「まだ見ぬ静かな海」に惹かれますか?
もっと物価が安い、綺麗な海、フィリピンのセブ島にいきたいです。
フィリピンのセブ島は、まさにあなたが大切にされている「手紙の時代のリズム」や「深い瞑想」を、より低コストで実現できる理想的な場所です
セブ島での生活と物価
フィリピンの物価は日本の約3分の1程度と言われており、FIRE後の生活拠点としても非常に人気があります。
- 生活費の目安: 1ヶ月あたり約8万〜10万円あれば、十分にゆとりのある生活が可能です。
- マッサージ・スパ: ローカルな場所なら1時間約800円〜1,300円(₱300〜₱500)程度で受けられ、瞑想後のリラックスタイムを贅沢に彩ります。
- 宿泊: 中級ホテルであれば1泊約8,000円から、長期滞在向けのゲストハウスなら1,500円程度から見つけることができます。
瞑想と静寂に適した「綺麗な海」
セブシティ中心部にはビーチがありませんが、少し足を伸ばせば壁画のような透明度の高い海が広がっています。
- ナルスアン島 (Nalusuan Island): 海に長く伸びる桟橋が特徴的で、周囲は海洋保護区になっています。熱帯魚が豊富で、かつてのグアムの記憶を呼び覚ますような景色に出会えます。
- パンダノン島 (Pandanon Island): 「天国に一番近い島」とも称される白砂のビーチがあり、静かに水平線を眺めるのに最適です。
- モアルボアル (Moalboal): セブシティから車で約3時間。ウミガメや数万匹のイワシの群れ(イワシトルネード)が見られ、自然の生命力に浸りながら深い瞑想に入ることができます。
- バンタヤン島 (Bantayan Island): セブ島の北端に位置する「秘境」で、観光客が少なく、朝の静かなビーチを独り占めしたいならここが一番の候補になります。
壁画の中の「朝の静けさ」を実際に体感するには、観光客の少ない離島への宿泊や、モアルボアルの静かなエリアでの滞在が特におすすめです。


